妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日叙(宝蔵院)

にちじょ #2500

日叙(宝蔵院)

にちじょ

(一五二三-七八)
宝蔵院と号す。
身延山第一五世を継承した。大永三年に生まれたが姓氏等についての詳しいことは伝わっていない。
幼少の頃身延山へ登って第一三世日伝の門下となった。
才識に秀れ信念も堅固であり、推されて日鏡のあとを受け、弘治二年(一五五六)に猊座に着いた。
この頃は戦時代の軍雄が各地に戦い、世上は大いに乱れたが、身延にあってよく研鑽につとめ、勤行の余暇に漢書にも通じ、諸師百の群書を集めて研究した。
猊座にあること二一年、正四年西谷に定林を建立して、日整に代を譲り、隠棲し、翌六年五月二日に寂した。
寿五五歳。
著書には『録内御書箇条』二巻、『宗要集』五巻、『義科集』一二巻、『義科私案立』一八巻、『三日講諸集』一二巻等がある。
また『本化別頭仏祖統紀』の記すところによれば、武田信玄が元亀三年(一五七二)四月一一日に、身延山へ居城を移そうとしたが、日叙はこの申出に応じなかった。
このために山は包囲され攻め落とされそうになったが、諸の守護によりなきをえたという「身延攻め」の一を伝えている。
日叙の信力が篤いことを伝えるものといえよう。
《『本化別頭仏祖統紀』、立正大学日蓮教学研究所『日蓮教団全史』上、『身延山史、『日本仏人名辞典』「日叙」の項

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