悪霊
悪霊
あくりょう
怨みをいだいた者の執念が、この世にとどまって祟りをなすものをいう。
これには生霊と死霊がある。
生きている者の霊の祟りを生霊といい、死人で迷っている者の霊の祟りを死霊という。
日蓮聖人は『撰時抄』に、「法然流罪をあだみて悪霊となって我並に弟子等をとがせし国主・山寺の僧等が身に入って、或は謀反ををこし或は悪事をなして皆関東にほろぼされぬ」(定一〇三二頁)と生霊について述べ、『回向功徳鈔』には「父母兄弟の死して候時、初七日と云ふ事をも知らず、まして四十九日、百箇日と云ふ事をも、一周忌と云ふ事をも、第三年と云ふ事をも知らず、訪はざらん志の程浅猿 ( あさま )かるべし。
聖霊の苦患をたすけずんば不孝の罪深し、悪霊と成てさまたげを成し候也」(定五四頁)と死霊について述べられている。
なお『日女御前御返事』には、「鬼神に二あり。
一には善鬼、二には悪鬼なり。
善鬼は法華経の怨みを食す。
悪鬼は法華経の行者を食す。
(略)善鬼が法華経の怨を食ふことは、官兵の朝敵を罰するが如し。
悪鬼が法華経の行者を食ふは、強盗・夜討等が官兵を殺すが如し」(定一五一〇頁)とされている。
即ち魔界に堕ちて祟りをなすものを指して悪鬼とし、中でも生霊・死霊を特に悪霊というのである。
聖人が『法華真言勝劣事』に「相応加持スル之時真済之悪霊伏セ被ル等是也」(定三〇七頁)と述べられているように、これら悪鬼や悪霊(生霊・死霊)その他呪詛などいかなる法華経の行者を食する怨敵といえども、五段加持によって所障の霊は法味を聴受し、妄執の霊を払って、即身成仏の大果報を得ると共に、この善因によって病者を本復せしめるものである。
別に生霊の苻、死霊の苻等があって、これを病者に呑ませることもある。
またこのことは人の霊のみならず、野干・犬・猫・蚖蛇・蝮蝎等の畜類等の祟りをなすものをも含めて悪霊という。
《『遺文辞典』歴史篇「悪霊」の項》