廃立
廃立
はいりゅう
廃と立との二語よりなり、二つの物を比べて一方を廃捨し、他を存立することをいう。
例えば『法華玄義』第一序王に、蓮華の三喩を説き「三に華落は権を廃するに譬え、蓮成は実を立つるに譬う。
(略)三に華落は迹を廃するに譬え、蓮成は本を立つるに譬う」と示されている。
これは蓮華の華落蓮成を本迹二門にわたって解釈し、法華経二八品中、前の一四品において爾前権教を廃して一乗真実を立てることを廃権立実と名づけ、後の一四品において、始成正覚の迹を廃して久遠実成の本地を顕すことを廃迹顕本と名づけるのである。
つまり廃権立実は仏法に約し、廃迹顕本は仏陀に約して廃立を論じたものである。
なお日蓮聖人は『善無畏三蔵鈔』に「結句は天台真言等の学者、自宗の廃立を習ひ失ひて我心と他宗に同じ」(定四七二頁)と記されており、廃立を教相判釈の義に用いられている。
即ち自宗の本意の宗義を闡明にするを「立」といい、他宗が自宗のより劣っていることを破斥するを「廃」という。
また日蓮聖人の著書としては疑義のある『三世諸仏総勘文教相廃立』があるが、「教相廃立」とは法に約したもので、爾前四十余年、前四時(華厳・阿含・方等・般若)の教法は化他の権法であって夢中の教としてこれを「廃」する。
そして後八箇年の所説である法華経は自行真実の教であるとして、覚上の実教を「立」てるのである。
《『遺文辞典』教学篇「廃立」の項》