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布教精神

ふきょうせいしん #1951

布教精神

ふきょうせいしん

どんな宗教であっても、それが開祖個人の名と共に語られる宗教はすべて激しい布教の歴史をもつ。 初めは微々たる一地方の新宗教が、やがて世界宗教の規模にまで拡大するのは、この布教によるものである。 しかし布教は一つの実践であって、開祖をしてこの布教実践に駆り立てるものがあった。 それは衆生救済の使命感である。 この宗教的使命感を伴わない場合、その宗教はやがて消滅してゆく。
日蓮団の長い歴史をみるとき、日蓮聖人に源を発する教団特有の布教精神を発見することができる。 仏勅宣旨に絶対従うことを決意された日蓮聖人は、三類の強敵、三障四魔の必至、流も疑いなく、その累の及ぶところ父母・師匠・門下等、計り知れない。 とは言え、己の身命を惜しんで黙止したならば、いつの世にかになるべき。 たとえ今生はなくとも、後生は必ず地獄へ堕ちる。 教主釈尊の敵ともなるばかりか、すべての人々に慈悲なきに似た仕打ちともなるのだ。 この二者択一の苦悩をつぶさに考察された。 ついに「二辺の中にはいうべし」(『開目抄』定五五七頁)と最後悲壮の決断を下された。 身の安泰を外視する、生命の危険を超えた大決意であった。 勅宣受命の感激と衆生慈愛の熱情は、日蓮聖人の広布大願の本源をなすものであり、これこそ布教精神というべきである。 この布教精神は門下によって脈々と受け継がれた。 身延御入山後、門下による布教は日蓮聖人の指示のもと、この布教精神に則って行われた。
聖人の晩年に起こった著大な出来事は鎌倉桑谷問答と駿河(静岡県)における熱原法難であった。 日蓮聖人滅後、本弟子やその他の直弟法孫など、前途有望な門弟は死身弘法の意気に燃え、深信強盛な檀越の外護を受けつつ、あるいは縁故を辿り、あるいは単身で遊化し、各方面に向かって猛烈な布教を始めた。
現代にあっては、この布教精神をもって、日蓮教団は歴史の方向を指し示す布教伝道に奮起することを要請されている。

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