山王
山王
さんのう
山王権現(日吉権現)のこと。
総じて大津市坂本にある日吉神社をいう。
比叡山の守護神。
中国の天台山国清寺に祭られていた山王祠(し)に由来する。
中国に留学した最澄が延暦寺を開く際、古来より比叡山に鎮守の神として祭られていた大山咋神(おおやまくいのかみ)と、最澄が祈願した三輪神(みわのかみ)とを山王権現として勧請したのが初まりとされている。
平安時代天台密教の隆盛と本地垂迹説の興起と共に発展をとげ、平安末期には山王七社が確立、これを中心とした山王曼荼羅もつくられた。
また叡山の僧達が山王の御輿を奉じて京の市中をねり歩き、朝廷に強訴(ごうそ)して後白河上皇を悩ませたのは有名な話。
比叡山では山王の前で調伏祈祷や法華の護摩がさかんに行われていた(『四条金吾殿御返事』定一三〇四頁、『下山御消息』定一三四三頁)。
比叡山に学んだ日蓮聖人には天照・八幡と共に山王七社に対しての善神捨国の思想がある(『安国論御勘由来』定四二三頁)。
なお聖人に仮託される『御義口伝』は神力品を釈するに「神者山王七社等也」(定二六八五頁)とある。
のち七社は上七社・中七社・下七社を加えて山王二十一社となる。
同じく聖人に仮託される『御講聞書』は二十一社を説いて「山王二十一社(略)此経の行者を守護すべしと法華経第五巻に分明に説れたり」(定二五四五頁)と釈している。
鎌倉時代になって山王思想に天台教理を結合して山王神道が創唱され、それを江戸初期天海僧正は山王一実神道として大成した。
《『遺文辞典』歴史篇「山王七社」の項、『図説仏教語大辞典』「山王祭り」「山王曼荼羅」の項》