以心伝心不立文字
以心伝心不立文字
いしんでんしんふりゅうもんじ
「心を以って心を伝え、文字を立てず」と訓ずる。
禅宗の言葉で「教外別伝」とも句される。
言葉や文字では表せない悟り、真理を師から弟子の心へ直接に伝えることで、悟りに文字や言葉を媒介としないことをいう。このため禅宗を仏心宗ともいう。
禅宗では釈尊の教説を教内の法とし、教説によらず「以心伝心」による事を教外別伝とする。
これは経典の存在を否定するもので、法華経でさえ教内として見くだすものである。
このような禅宗の宗旨に対して、法華経至上主義の立場をとる日蓮聖人は、仏説に違背する「天魔の所為」「天魔波旬の説」等と批判されている。
これは『法門可被申様之事』(定四五四頁)を始めとして『行敏訴状御会通』(定四九八頁)『真言諸宗違目』(定六三八頁)等遺文の随所にみられるところである。
それは「依法不依人」という釈尊の金言に背くからである。
我々は教説を通して釈尊の教えをしるのであり、しかも『四条金吾殿御返事』に「法華経は釈迦如来の御志を書顕て、此音声を文字と成給」(定六六六頁)とあり、また『開目抄』に「此教一部八巻二十八品六万九千三百八十四字、一々に皆妙の一字を備へて三十二相八十種好の仏陀也」(定五七〇頁)とあるように、法華経の一文一句は釈尊のみ心であり、金言であり、仏陀そのものであるのである。
《『遺文辞典』教学篇「教外別伝」「不立文字」の項、『岩波仏教辞典』「以心伝心」の項》