観心の十妙
観心の十妙
かんじんのじゅうみょう
法華経本迹二門に説き明かされた真理を観ずるところの実践における十妙をいう。
『法華玄義』巻七下に「観心とは、本の妙の長遠なるは、豈に心を観ずべんけや。
即是ならずと雖も亦心を離れず。
何となれば仏の如と衆生の如と一如にして二如無ければなり。
仏は既に心を観じて此の本妙を得れば、迹用広大にして称(あ)げて説くべからず。
我が如は仏如に如す、亦当に心を観じて此の大判を出すべし。
亦願くは我が如速かに仏の如に如せん。
(略)此れ即ち観心の本妙に六即の利益を得るの相なり」と説くのがそれである。
しかし『玄義』には観心の十妙について、これ以上に委しく説かれていない。
これについて湛然は『法華玄義釈籤』巻二上に「若し観心の十は並に皆論文の末に附在す。
或は存し或は没して別に章を開せず。
既に其れ観心は諸文の下に寄在すれば、今は但だ迹本両門に約して各々十妙を具す」といい、同書巻七上に「観心は乃ち是れ教行の枢機なり、仍ほ且く略して点して諸説に寄在す。
或は存し或は没するは、部の正意に非さるが故なり。
縦ひ施設すること有るも、事に託し法に附す。
或は十観を弁ずるも名を列ぬるのみ」と釈している。
即ち『玄義』は教門を主とするから、観心の相を詳しく説くことを略したというのである。
そこで湛然は『釈籤』巻七において、迹門の十妙を終って本門の十妙に入るに当り色心不二門等の「十不二門」を説いて教門の要諦、観門の枢要を開宣したのは、これを補う意からであった。
《『遺文辞典』教学篇「十妙」の項》