妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

精進供・生身供

しょうじんく #4415

精進供・生身供

しょうじんく

仏陀や聖者或は祖霊へのささげ物である。
その種別と量には制限は無いが、古来魚鳥畜類及び五辛(ごしん)(韮(にら)・蒜(にんにく)・薑(はじかみ)・葱(ねぎ)・薤(らつきよう))は供えない。
仏道修行に勇猛にして些の雑念懈怠なきを精進といい、不浄の資財や不律の飲食等を受用しないのが潔斎である。
精進供、別に生身供ともいうが、凡夫の生身をそのまま仏の法身となすの意で、「生身即ち現実の身に無生法忍を得る所謂即身成仏」『木繪二像開眼之事』(定七九一頁)。提婆品に「微妙浄法身具相三十二」。
生身供は、生身即ち清浄妙法身を説かれ、法身に対する五蘊和合によって生ずる肉身に供養すると観じて種々の飲食百味を献ずることをいう。
日蓮聖人が身延ご在山中各地の帰依厚信の檀越から贈られた「種々の供養」により法身の慧命を養われたが、その供養の品は仏祖三宝の宝前に供え「法華経一巻・自我偈数度・題目百千」唱えられた『上野母尼書』(定一八一〇頁)等に拝するのは、生身の日蓮への供養は、法身の釈迦・多宝・十万の諸神・余りは四生六道と祖霊への供餉と感受されたので、精進供も生身供も観念の相異でその意は同一である。(『宗定日蓮宗法要式』平成23年改訂再版 二三七頁)
降誕会やお命(お会式)には穀類・乾物・菜蔬果菓等を献供するのは勿論であるが、海藻類特に海苔(あまのり)・半栖菜(ひじき)・昆布(こぶ)を供えることは意義深いことである(『新尼御前御返』定八六四頁)。

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