妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

笑話

しょうわ #4398

笑話

しょうわ

笑話は古くから自由奔放・軽妙洒脱に人の世を諷刺し戯画化して広い階層の人々の日常生活を楽しませていたが、中世以降になると大名や将軍につかえるお伽衆(とぎしゆう)・伽の者・話衆などといわれる職業人も現れて洗練のを加え、文学としても一つの独立したジャンルに数えられるようになった。
日蓮宗に関する笑話は「情強宗門(じようごわしゆうもん)」(狂言『宗論』)といわれるその熱烈な信仰が、を過ぎたり見当違いにはしったりするのを笑うものが多い。 寺にあずけられた子が親にたびたび忠告されても経文を読もうとしないのを住職が「(その強情こそ)よき法華宗の下地ぢゃ」とほめた話(『きのふはけふの物語』)には法華僧の強情礼賛の態度が、また京都大徳寺三玄院に住持する禅の高僧に対して身分も教養も低い日蓮信者がもっともらしい説法をする話(前掲書)にはその向う見ずな姿勢が取上げられている。
日蓮信徒に匹敵する情ごわぶりを発揮したのは一向専修の念仏門徒であったので、これとの競合もまた笑いの種とされた。 京都北野の寺の題目に初めて参加した俗人が境内に凹凸が多いのを見て「ろく(陸=平地)にならしたき物かな」とつぶやくと、住職が「此の高低ありてこそ題目も相続すれ。 ろくじは此方にさし合じゃ」と言ったという笑話がある(『軽口露がはなし』)。 住職の言葉は「リズムの高低で題目が唱えられるから良いので、ろくじ(陸地から南無阿弥陀仏の六字へ転意)は具合が悪い」という意味で、異常なほどに念仏を敵視したその態度が話題となっている。
日蓮宗徒は他宗派に対してばかりでなく同派内でも義上の対立を激化させた。 その代表的なものは法華経の前半(迹門)と後半(本門)との理が一致すると説く一致派と、本門が勝り迹門は劣るとする勝劣派との競いで、両派の者がつかみあいの喧嘩をしたあげく、勝劣派が一致派の睾丸をしめつけたのを見て「法華経のその勝劣はしらねどもきんをしめられいつち迷惑」と詠んだ者がいたという話もある(『醒睡笑』)。
また、ある寺に各宗の小僧が寄合い、それぞれに他宗の非難をしているうち法華の小僧が「門徒はなにのらちもない宗じゃ。 女房をもち、魚鳥などくふて、けさ衣を着するのみこのまず」と言うと、念仏門の小僧が「われらが法がかたじけなければこそ、こちらのまねをする衆が多い」と答えたという話(『軽口御前男』)には堕落した僧風に対する痛烈な批判がこめられている。
《『史大辞典』一四巻「わらいばなし」の項》

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