三証
三証
さんしょう
文証・理証・現証。
教法の真実性や優劣を証す三の基準。
文証とは仏の証文によること。
仏説によるか否かによって、真実を証明する。
日蓮聖人は『涅槃経』所説の「依法不依人」の立場を堅持し、もっぱら仏説に依憑するところに真実義を認められた。
従って、諸宗批判や自己の立場を主張する論拠も仏説に置かれたことはいうまでもない。
『開目抄』には「私の言を出すべからず。
経釈の明鏡を出して」と述べられ、法華経等の明鏡に映すことによって、真実性や優劣が判ぜられるとされている。
理証とは道理にかなうことをもって、真実を証明することである。
『四条金吾殿御返事』(建治三年)には「仏法と申すは道理也。
道理と申すは主に勝物也」と、主君の権力に優先する道理の重さを教示されている。
現証とは現実の社会で教法が具現されることである。
『三三蔵祈雨事』に「日蓮仏法をこころみるに、道理と証文にはすぎず。
又道理証文よりも現証にはすぎず」と述べられているように、聖人は、三証の中でもとくに現証を重視された。
これは仏説(法華経)に社会の改革をみられた聖人の独自な歴史観によるもので、その根源は当然、法華経に求められるものである。
この三証具足は『貞永式目』等の当時の社会の訴訟形態に取材されたものと思われる。
《『遺文辞典』教学篇「文証」・歴史篇「現証」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「三証」の項》