宗勢調査
宗勢調査
しゅうせいちょうさ
明治の新体制に入った政府は、社寺監督のため教部省が明治五年(一八七二)に、同一二年に内務省が全国寺院の実態調査を行った。
内容は本尊、由緒沿革、堂宇規模、境内外の土地、寺領、檀徒数などに及び、各寺院が記述申告し、本寺、本山を経て管長がとりまとめて提出した。
官憲の要請による調査であるが、近代に入ってからの宗勢調査のはしりといえよう。
調査文書は現存しない。
また調査作業のみであって、集計分析の作業は行われていない。
宗務院では教務部が教師を、庶務部で寺院、財務部は寺禄等級、とまちまちの調査を行っていたが、一本化し、現況把握、宗門大観の作成を試みたのが、臨時宗勢調査会の設立。
大正九年(一九二〇)規程制定。
録司(宗務所長)経由の自主申告制であり、現在の宗勢調査会の原型となった。
あくまでも臨時の措置のため、三年後に調査会は閉鎖され、恒久的な調査の必要にせまられ昭和二年(一九二七)特別調査会が設けられる。
布教形態、寺院収入が主な調査内容。
昭和五年「寺院収入調査規則」が制定され、宗費課金のための調査が別個に行われるようになったが、三派合同の折、同規則は廃止され再び特別委員会で収入調査を行うようになった。
昭和三五年特別調査会が宗勢調査会となり、同四二年に四年目毎の調査が確定した。
同四八年宗勢と財政の同時調査の幣害がとりざたされ、宗勢四年目毎、財政三年目毎の個別調査に改められ定着している。
宗勢調査会となってからは、調査内容の集計分析が積極的に行われ、報告書が全寺院に配布されるようになった。
内容は寺院の状況、檀信徒の趨勢、教化活動の実態、僧侶、寺族と多岐にわたり、コンピューターを使って分析にあたっている。
財政調査は、もっぱら宗費課金の基礎となる寺院等級査定のための調査となっている。
収入調査による自己申告書を宗務所、宗務区単位で収入査定の第一段階を行い、宗勢調査会が最終査定により収入査定額が決定する。
調査会は宗務内局から一名、宗会議員六名、宗務区長一〇名その他二名で構成されている。