四仏知見
四仏知見
しぶっちけん
法華経方便品に、「諸仏世尊は衆生をして仏知見を開かしめ、仏知見を示し、仏知見を悟らしめ、仏知見の道に入らしめんがために、世に出現した」と説かれている。
これを開示悟入の四仏知見といい、仏が出世の本懐を顕した語である。
開は開発の意で、衆生の無明煩悩を破り本質として具えている如来蔵を開き実相の理を見ること。
示は顕示の意で、現象に即して実相の理を見、事物のすべての徳があらわになること。
悟は覚悟の意で、事(現象)と理(本体)とが融け合ってそのままに悟ること。
入は証入の意で、自由自在に悟りの海に流れ入ること。
即ち仏がこの世に出現されたのは、一切衆生に仏の知見=智慧を開示悟入させることによって成仏させるためである。
この四仏知見が仏の出世の本懐であり、一切衆生を等しく仏道に入らしめることが仏出世の一大事因縁である。
天台教学ではこの四仏知見の文を仏知見に達する開悟の浅深を示すものとし、法華経を解釈する四一開会の中の理一を顕す要文とし、天台大師智顗は『法華文句』巻四上において、四位・四智・四門・観心の四つの観点から解釈している。
《『遺文辞典』教学篇「四仏知見」「開示悟入」の項、『日蓮辞典』「四仏知見」の項、『天台学辞典』「開示悟入」「仏知見」の項、『岩波仏教辞典』「開示」の項》