先判後判
先判後判
せんぱんごはん
先の判定と後の判定、あるいは前説と後説をいい、両者の間に相違がある場合には後判によるべしとする。
前判後判ともいう。
(1)鎌倉時代、一般的には『貞永式目』の明文にある財産譲与の先判後判をいう。
例えば、前に長男に譲る判を与えていても、後に新しく次男に譲り状を与えた場合、先の長男に対する判は無効となり後の次男を相続人とする判が有効となると定めたもの。
日蓮聖人は「世間の父母の譲りの前判後判」(定四四四頁)と述べられている。
(2)仏の説法における前説と後説。
前の『貞永式目』の文によって日蓮聖人は法華経と諸経の関係を説明する。
即ち、一代仏教中、先の四十余年に説かれた諸経を先判とし、その後の法華経を後判とする。
そして二乗作仏・久遠実成のいまだ出てこない、真実の隠された方便であるところの先判諸経を捨て、仏の真実が説き明かされた後判の法華経につくべきであるとする。
聖人は、「八箇年の経は四十余年の経々には相違せりというとも、先判後判の中には後判につくべし」(『開目抄』定五五五頁)、「釈迦如来の先判たる大日経・阿弥陀経・念仏等を堅く執して、後の法華経へ入らざらむ人々は入阿鼻獄は一定」(『下山御消息』定一三三六頁)と述べられる。
また法華経の中においても、迹門の一四品を先判とし、本門の一四品を後判とすることもある。
《『遺文辞典』歴史篇「前判後判(ぜんぱんごはん)」の項、『日蓮辞典』「先判後判」の項、梅田義彦『日本宗教制度史』第二巻・中世編》