妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

以信得入

いしんとくにゅう #553

以信得入

いしんとくにゅう

「信をもって入ることを得たり」と訓む。
法華経譬喩品の偈の文で「汝、舎利弗すら 尚、この経においては 信をもって入ることを得たり。 況んや余の声聞をや。 その余の声聞も の語を信ずるが故に、この経に随順す 己れの智分に非ざればなり」と。 弟子(声聞)の中で智慧第一の舎利弗すら智慧をもってしては法華経の真意の体得は不可能であって、仏語を信じ随順することのみが仏道成就の要諦であると勧誡したことばである。 智的解を超出した信仰実践こそが成仏へと導く。
「世の学者仏法を学問して智恵を明めて我も我もとおもひぬ。 一生のうちにむなしくなりて、ゆめのごとくに申しつれども、唯一大を知らず。 よくよく心得させ給べし」『さだしげ殿御返』(定一二七五頁)との日蓮聖人のことばは、仏道成就という一大を忘れて学的遊戯にふけることをいましめたものであり、「信を以って慧に代う。 信の一字を詮と為す」『四信五品鈔』(定一二九六頁)といい「仏道に入る根本は信をもて本とす。 たとひさとりなけれども信心あらん者は鈍根も正見の者也。 たとひさとりあれども信心なき者は誹謗闡提の者也」『法華題目鈔』(定三九二頁)ともいって「無解有信」「但信無解」をえる。
《『遺文辞典』教学篇「以信得入」の項》

← 事典トップ