仏現寺(静岡県伊東市)
仏現寺(静岡県伊東市)
ぶつげんじ
静岡県伊東市に所在。
海光山と号す。
日蓮聖人を開基とし六老僧日昭(一二二一-一三二三)を開山とする聖人の伊豆法難に縁由する寺である。
弘長元年(一二六一)聖人は『立正安国論』を北条執権に建白し当地に流罪となり船守弥三郎に危難を救われた。
その頃、当地の地頭伊東八郎左衛門祐光は熱病にかかり、聖人の祈祷によって病悩平癒したので喜びにたえず、伊東海岸の海中出現の立像釈迦仏を贈ったが、聖人は生涯これを身から離さなかったということで、後人称して随身仏と呼んでいる。
この仏像出現の岸に一寺を建立したのが、今の海上山仏現寺である。
聖人は同三年二月まで、そこに謫居されたがその間『四恩抄』『教機時国抄』などの重要御書を撰述された。
聖人の流罪は四〇歳から四三歳に至る厄年であった。
赦免後、聖人は自作開眼の自像を領主に与えたが、開運吉兆に転じて無事赦免になったところから、誰言うとなく厄除け、厄病除けの祖師と呼ばれ、霊験頗る顕著である。
また万治元年(一六五八)の頃、天城の柏崎に天狗が現れ往来する旅人を悩ましたが、当時佛現寺の住僧日安は天狗を懲しめ、その時天狗が投落した一軸の巻物(天狗の詑証文)を得たが、これも寺宝として伝わる。
寺は明治八年(一八七五)火災に遭って往昔の美観を失い、その後仮堂が建ったが、これも大正大震災(一九二三)の折に大破した。
しかし八世の代に至って再建の気運熟し、聖人降誕七五〇年を期して客殿を始め、毘沙門堂ならびに本堂拝殿などが再建され、霊跡寺院としての偉容を整えた。
《『日蓮聖人事蹟事典』(雄山閣)「静岡」の項》