開眼【修法】
開眼【修法】
かいげん
仏像等に神(たましい)を入れること。
日蓮聖人は『四条金吾釈迦仏供養事』に、「されば畫像・木像の佛の開眼供養は法華経(略)にかぎるべし。
(略)此畫木に魂魄と申す神(たましい)を入るる事は法華経の力なり」(定一一八三頁)とあり、魂とは陽の神(たましい)のことであり、魄はタクとも読み陰の神のことである。
本宗の開眼は、法華経の力によって
(一)新しく出来上った仏像、神像に神(たましい)を入れる。
(二)古い仏像神像修理の場合一時閉眼し、修復後改めて開眼することなどある。
後になると御宝前荘嚴具の開眼供養が営まれ、また祈祷による守護神勧請宮の開眼や、授与神符の開眼なども行われているが、祈祷修法が盛んになると開眼供養に関する、口伝相承も出来てきた。
天正二年甲戍(一五七四)八月吉日、山光院日詮より弟子の一如院日重(身延山二〇世)に授与した「開眼供養之事」という切紙が残っている(身延文庫蔵)。
開眼九字が相伝されたのもこの前後のことであろう。
その後、この「開眼」には別の意味が加えられた。
即ち、「もの」が出来上ったり入手した場合、「神を入れ」れば吉祥であるという考えで、仏具より仏壇、墓石の開眼となり、印鑑、指輪等の日常生活に重用視される物品まで開眼する者も出て来た。
このことは開眼入神した「もの」を一層大切に扱うことと、その「もの」が持主の希望にそって「もの」の本来の使命を果し、所有者の除災得幸に役立って欲しいという願いも込められている。
落成式、完成式、除幕式等には開眼法要が先行すべきであろう。
《『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「開眼」の項》