妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

通夜説教

つやせっきょう #4955

通夜説教

つやせっきょう

つうやともいう。
死者を葬る前夜の一中夜、その追善供養を修する中で、僧侶が行う説教のことをいう。
通夜とは仏堂に籠って一晩中祈願をする。または死者の追善を終夜にわたって修することをいう。
ただ、一般に通夜説教という場合は、死者への追善に修する時の説教をいう。
これは追善のための解説・領解の行で、死者を前に死者の生前の積善、徳行などの行動を通して、追善に列している人々に、人間としての生き方と仏教の教えを示していくことで、死せる者と生ある者との断絶を、教えを通して継ぎ、三世に生きる姿を訓していくものである。
ここに死せる者への渇仰と、生ある者への生き方を示す大な意義がある。
通夜説教とはいい難いが、日蓮聖人も南条時光の弟・七郎五郎が急逝した時『上野殿後家尼御前御書』をもって「人は生きて死するならいとは智者も愚者も上下一同に知て候へば、始てなげくべしをどろくべしとわをぼへぬよし、我も存し、人にもをしへ候へども、時にあたりてゆめかまぼろしか、いまだわきまへがたく候」(定一七九三頁)と、生死の悲しみを述べ、最後に「さは候へども釈迦・法華経に身を入れて候しかば臨終目出候けり。
心は父君と一所に霊山浄土に参りて、手をとり頭を合せてこそ悦ばれ候らめ」(定一七九四頁)と、諄々と安心を説かれている点、好例といえよう。
また、御会式などの逮夜、法要などに続いて翌朝まで一晩中休むことなく説教師が交互に高座に登って行うのを通夜説教という場合もある。

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