退延入池の弁
退延入池の弁
たいえんにゅうちのべん
繰り弁の一つ。
日蓮聖人の身延山出立より、池上入滅までの情景を語る段である。
一般に「身延下山の弁」「池上入滅の弁」とに分けられ、後者は「帝都付嘱の弁」「悲母毛髪の弁」等、数節に分岐して語られる場合もある。
本弁は聖人が弘安五年(一二八二)九月八日、常陸の湯に病身を養うために、波木井実長公が用意した栗鹿毛の馬に乗り身延を下山するが、在山九ヵ年の思いに万感迫り涙ぐむ。
その姿を見た実長は、何か深い仔細あらんと聖人に尋ねる。
聖人は釈尊が霊山より艮(うしとら)の地に入滅した故事を語り、みずからも身延より艮に当る池上宗仲の家にて入滅するであろうと、その本意を伝える。
驚いた実長は弟実継を供につかせて聖人を無事池上に送る。
聖人は「たとえいづくにて死に候とも、墓をば身延の山に建てさせ給え」と、実長宛の書面を実継に託す。
入滅の近いことを悟った聖人は、最後の講義を行い、六老僧に後事を託し、経一麿に帝都の弘通を遺言する。
そして一〇月一三日辰刻(午前八時)、法華経読誦のなか入滅するという内容で、聖人の偉徳を偲び、信者に信仰者の自覚を促す弁である。