薪句
薪句
たきぎく
声明の曲目の一で、正しくは法華讃歎という。
「法華経を 我がえしことは
たきぎこり 菜摘み水汲み つかえてぞ得し
つかえてぞえし」という歌で句中の「たきぎこり」というところから薪句とも呼ばれている。
永観二年(九八四)源為憲作の『三宝絵詞』には「薪を荷て廻ぐる讃嘆の詞云」光明皇后作としてあり、また『拾遺和歌集』巻二〇には「大僧正行基詠みたまひける」歌としてある。
薪句の典拠は法華経、提婆達多品の「王聞仙言。歓喜踊躍。即随仙人。供給所須。採果汲水。拾薪設食。乃至以身。而作牀座。身心無倦」の文である。薪句は法華八講・十講・三十講等における「五巻」の次第中「薪の行道」の折に唱えられるもので、天平一八年(七四六)東大寺で初めて修せられた法華会から恒例となり、延暦一五年(七九六)以降修せられている法華八講等に用いられる声明曲の中でも中心的な位置を占めるものとなった。
『源氏物語』の「賢木」巻では「又の日は、院の御料、五巻の日なれば、上達部(かんだちべ)なども、世のつつましさを、之しも憚り給はで、いとあまた参り給ヘり。
今日の講師は、心殊にえらせ給へれば『薪こる』程よりうちはじめ、同じう、いふ言の葉も、いみじう尊し」とあるのを見ても薪句は、官中の女官達の日にのるほどに親しまれていたことがわかる。
身延・久遠寺顕是院日要の『延山年中行事』(身延文庫蔵)の、四月八日の誕生会の式次第には「誕生会、満山出仕、楽乱声、御説法、題目無之、着座楽、此間納高座出花堂、次浴仏貫主役、侍者二人、結衆一二老、讃、伽陀、行道、先薪句、次和讃、十如是、自我偈、題目、楽」とあり、久遠寺では四月八日の釈尊誕生会法要の時に「薪句」の行道が行われていたことがわかる。
《顕是院日要『延山年中行事』、武石彰夫『仏教歌謡」》