法華八講
法華八講
ほっけはっこう
『法華経』八巻を八座に分けて、一巻ずつ講讃する法会のこと。
法華会・御八講(みはつこう)・八講ともいう。
起源は中国とされるが定かではない。
古来日本では追善供養を目的とした法華経書写が広く行なわれていたが、奈良時代末期から平安時代初頭にかけて追善のために法華経を講讃することが始まった。
これが法華八講であり、この初例は延暦一五年(七九六)に勤操(ごんそう)が石淵(いわぶち)寺で行なった法華八講である。
以後、石淵八講と称され、この方途は諸寺にも伝わり、平安時代に広く営まれるようになった。
日蓮宗においても、法華八講の伝承が見られるが、いつ、いかなる契機によって伝幡されたかは不明である。
身延・久遠寺の顕是院日要「年中行事」には、
十月祖師会 三箇日法用
十一日 結衆集来 七条法服 讃 唄散花 八講 (以下略)
とある。
すなわち、日蓮聖人の忌日(一〇月一三日)に報恩供養のため、三箇日法要を営むのであるが、その初日に法華八講が営まれていることがわかる。
また、堀之内・妙法寺(『堀之内妙法寺史料』による)、水戸・久昌寺(『日乗上人日記』、京都・本満寺(『後法興院日記』による)などにおいても、江戸時代の初め頃、身延・久遠寺と同様、日蓮聖人の忌日に報恩供養のため行なわれていたことがある。
なお、法華経八巻と開結二経を合わせた、一〇巻を講讃する法会を「法華十講」、法華経二十八品と開結二品を合わせた三十品を講讃する法会を「法華三十講」と称している。
《影山堯雄『日蓮宗布教の研究』、『遺文辞典』歴史篇「法華八講」の項、『日蓮辞典』『国史大辞典』一二巻「法華八講」の項》