妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

自身是仏

じしんぜぶつ #4562

自身是仏

じしんぜぶつ

当体是・即身是と同じ。 父母によって生まれた肉身(当体)そのままがであるということ。
類似することばに「即身成仏」があるが、これはこの身が仏になるということであって、この身がそのまま仏であるとする自身是仏とは厳密には違う。
観心本尊抄』に「妙覚の釈尊は我等が血肉なり、因果の功徳は骨髄に非ずや」(定七一一頁)と説くのは、因果の功徳が自然譲与されたときの状態を以て自身是仏をいったもの。
凡夫自身の当体を無作三身如来の覚体とし、これを以て自身是仏とするのは日本中古天台学がさかんに説いたところである。
日蓮聖人に仮託される『御義口伝』に「仏性も仏身も衆生の当体の色心(定二七二三頁)、『一念三千法門』に「父母所生の肉身煩悩具足の身、即本有常住の如来となるべし。 此を即身成仏とも煩悩即菩提とも、生死即涅槃とも申す」(定二〇三六頁)と説くは自身是仏である。
一般に禅宗では即心是、即身即を説く。

← 事典トップ