祭文
祭文
さいもん
もと中国に起ったもので、親族友人など親しい人の礼を祭る時、祭祀の席で読む文章。
古くは神霊に供物を饗することを述べる程度であったが、中世以降は兼ねて故人の言行を讃美するようになった。
わが国では、その適用範囲が拡大され、父母妻子・先師弟子などに対してはもちろん、神仏を祭る際にも用いられた。
仏教の法会で天童(稚児)が読む文章を特に「祭文」と称するのは、内容によるものではなく、古来の「さいもん」独特の節まわしを模したことに由来するであろう。
その文辞は恭敬の念と哀惜の情を兼ねることが大切で、いたずらに華美なるは善しとしない。
但し、天童祭文はこの例外であり、また年月の遠くへだたった人を祭る文は、哀惜の情は後退して讃美の語が多くなるのが通例である。
そして法会の中では、好音朗舌の師をえらんでこの役をつとめさせるのがいいと言われている。
一文を例示する。
蓮華阿闍梨日持上人を祭る文 脇田堯惇
「維れ明治甲午二月六日、同人相会し、一乗円頓の法筵を張り、香灯華菓の奠を以て、遙かに海外弘経の導師六上足蓮華阿闍梨日持上人の霊を祭る。
曰く、宗祖大士、獅吼して玄を唱へ、含識を済度するや、三類紛然たり。
鼎鑊前に臨み、斧鉞後に在るも、浩気益々堅く、死生を談笑す。
五字の妙詮、上に徹し下に徹す。
立正安国、巨筆は椽の如く、観心本尊、至言は璿に似たり。
邪を破り正を顕し、実を闡き権を排す。
能事玆に畢り、法を付するに賢有り。
嗚呼盛んなるかな。
卓たり持公、大法を肩に荷ひ、一葦海に航し、洪擣天を拍つ。
魚腹に葬るを期し、躬を法の為に捐て、錫を高麗に振ひ、我が道大いに宣ぶ。
本朝の錙流、異域に弘伝するは、公を始祖と為す、実に先鞭を著く。
嗚呼盛んなるかな。
松前の洋上、臥牛山の巓、維れ石巌巌、妙法蓮を題す。
是れ公の筆、跡は史篇に著れ、事は口碑に存し、炬火のごとく炳らかなり。
聖世の今時、北馬南船、以て支那に于き、以て朝鮮に于き、教を布き法を施し、人各々斡旋す。
淵源の由る所、皆公の因縁なり。
公の発錫を距る、玆に六百年。
末流の錙素、大いに法筵を張り、公の徳を讃揚し、礼以て虔を致す。
嗚呼盛んなるかな。
尚こひねがはくは饗けよ」《『三籟遺草』、徐師曽編『文体明弁』巻六一》