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法話

ほうわ #3910

法話

ほうわ

仏陀の説かれた教えを信者大衆に宣説すること。
説教、説法、法談、論義など仏法実説の行為を総称していう場合もある。
言説布教とも言う。
仏道修行に自行(自分自身の仏性を開発するための修行)と化他行(自分以外の人に仏の教えを説き、迷いの世界から悟りの世界へと導く)があるが、法話は後者の代表的行為である。
仏陀釈尊が説法されたことを「法輪を転ず」と申し上げるが、弟子信者がその御心を体して他のために説くこと、これが法話である。
当然のことながら法話を行うものは仏陀のご名代ともいうべき心構え、作法、態が要求される。
こうして古くから様々の「法話儀式」「説法儀式」「作法」が伝承されてきた。本宗に於ては高座説教式がそれである。
、心構えだけでなく話の作り方、内容にもおのずときまりが作られた。それが法、譬、因の三周説法であり、祖伝伝承のために作られた「繰り弁」である。
法話の形式、内容、態などは代に応じて様々に変化してきた。
第二次大戦前までのように大衆の価値観がある程一致していたような代には、高座の上からの一方的話し方もよかったが、今日のように価値観がバラバラの代にあっては、小人数対象の方が効果が上る。
更に前者の代には娯楽も少なく法話がその役をもはたしていた一面もあったが、今日のように娯楽過剰の時代には、法話本来の姿である「求道」―安心への道しるべ―が前面に出るべきである。
かと言って学校の義式や棒読みでよいはずはなく今日の代に合った法話形式作りも大事な化他行の一つと努力すべきである。

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