妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

法明寺(東京都豊島区雑司ヶ谷)

ほうみょうじ #3794

法明寺(東京都豊島区雑司ヶ谷)

ほうみょうじ

東京都豊島区雑司ヶ谷に所在。
威光山と号す。
弘仁元年(八一〇)創立。
古くは稲荷山威光寺といい、真言宗に属し源家の御祈祷所であった。
その後正嘉元年(一二五七)に中老僧日源が駿河国(静岡県)岩本実相寺に居て、当時実相寺で一切経を閲覧しておられた日蓮聖人から法義を聞き、自ら進んで弟子となり、日源の名を授けられた。
日源は学識が高く弁舌にも優れ、以後聖人の法灯を輝やかせたのである。
日源が雑司谷弘通の砌、の威光寺の住職僧円が法華に帰依し、転宗改衣して威光を山号とし、「法明」を寺号にした。
そして日源を開基と仰いだ。
第一五世日了までは本山寺跡を継続し、一六世日證に至りて身延客末となる。
文化及び保年間(一八〇四-四三)に二の災難にも遭った。
当山に安置してある聖人の尊像は日源の作であったのを、三世日蔵が修飾し、また妙典入道の妻楠正行公の息女夫婦が大檀那となって更に彩色を加えた。
あらたかにして、一切の諸願を成就させる尊像といわれている。
祖師堂は弘仁九年に建てられたもので、源家の御祈祷をこの堂で修行し護摩堂といっていたのを日源の頃から祖師堂というようになり現在に至っている。
仁王門より二~三〇〇メートルの所に雑司谷の鬼子母神がある。

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