予言僧日蓮
予言僧日蓮
よげんそうにちれん
評論。
倉田百三が昭和一二年(一九三七)一一月二五日、四六歳の時に発表した作品。
『青春をいかに生きるか』に所収され「学生と先哲―予言僧日蓮」と表題されている。
日蓮聖人が日本主義の先駆者であり、しかもそれは永遠の真理の上に祖国を築き上げようとした宗教的大日本主義であった点を評価し、この宗教的日本主義に対する共鳴に基づいて執筆された。
本書の特色は「時代の予言者」としての日蓮聖人観を強烈に提示した点にある。
「日蓮を理解するには予言者としての視角を離れてはならない」と冒頭に記し、法を体現し宗教的霊覚を持ちつつ時代に向って価値の変革を要求し、自己犠牲をよぎなくせしめられる「同時代への愛」を持ち続ける予言者として日蓮聖人の生き方を捉えた。
「彼はあくまでも高邁の精神をまもった予言者であり、仏子にして国士であった。法の建てなおし、国の建てなおしが彼の一生の念願であった。同時代への燃えるような愛にうながされて、世のため、祖国のため憂い、叫び、論じ、闘った」。
たんなる普遍妥当の真理を説くだけでなく共存同悲の大衆へのあわれみを「肉体的交感にまで現実化」させ、熱誠憂国の信念をもって政治的関心を発し政治権力と文化指導者とを批判・警諫(けいかん)することによって「歴史の真理」を伝え、人間の精神を建て直すことを通して国を建て直そうとして奔命した姿を示すものと論じ、日蓮聖人における予言者像を構築している。
更にこうした「聖衆倶会(しようしゆうくえ)の地上天国を建設せん」とした日蓮聖人に対する共感を土台に、日蓮聖人を「熱烈と孤高と純直と、そして大衆への哭(な)くが如きの愛とを持った、日本におけるまれにみる超人的性格者」であり高僧中最も日本的性格をもつ時代の予言者であったと強調した。
これらの信仰行動が法華経から生れた点には十分ふれていず超人化しすぎるきらいはあるものの、日蓮聖人の一生をたどりながら宗教的熱情と張り切った精神に敬意を払い、信仰を内面的に強靱にした法難や戦いを意識した伝道、殉教の気魄などを見つめている。
同時に純潔でやさしい情緒の持主であったと述べ「やさしき心情と、礼儀とを持って、しかも彼の如く猛烈に真理のために闘わねばならない」「愛の誠と誓いとは、日蓮に接したものの渇仰と思慕を強めた」とも語っている。
なお、誕生寺参詣の折、日蓮聖人の父母の本像を見て「うつそみの親のみすがた木につくり/ただに額(ぬか)ずり哭き給ひけん」と詠じている。
法と人間精神と祖国の建て直しをめざし、同時代への熱愛に生きた時代の予言者としての日蓮聖人観を浮き彫りにしたところに、本書の特色を見ることができる。