倉田百三
倉田百三
くらたひゃくぞう
(一八九一-一九四三)
文学者、思想家。
広島県庄原生れ。
大正六年(一九一七)に『出家とその弟子』を書き宗教文学者として一躍脚光を浴び、引続いて『俊寛』『布施太子の入山』等仏教をテーマとした作品を『白樺』に発表、『愛と認識との出発』を始め宗教的人道主義を打出し人生と愛に悩む青年を引付けた。
この後、生命肯定の絶対的生活を主張し断食生活や参禅等の宗教体験を経て、昭和七年(一九三二)に『生活と一枚の宗教』を刊行。
続いて翌年には津久井龍雄らと国民協会を結成して日本主義の運動に取組み、戦時中は日本主義文化同盟へ加入したり「生きんとての会」を創立して青年の指導に当る等日本主義鼓吹に専念した。
これと並行して宗教関係の評論を次々に発表、『信仰読本』『女人往生集』等の作品を書き続けた。
その仏教観は『出家とその弟子』が『歎異鈔』を題材にしたように、親鸞等浄土門の教えを基調としてはいたが仏教全般に及ぶ視野をもちながら求道と祈り、青春と人生についての精神的葛藤を表現したところにある。
昭和一二年一一月二五日、四六歳の時に「学生と先哲―予言僧日蓮」(『青春をいかに生きるか』所収)を発表し宗教的日本主義の先駆をなした予言者としての日蓮聖人観を提示した。
《『国史大辞典』四巻「倉田百三」の項》