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本尊聖教録

ほんぞんしょうぎょうろく #3397

本尊聖教録

ほんぞんしょうぎょうろく

中山法華経寺第三代日祐(一二九六-一三七四)が、康永三年(一三四四)二月八日、同寺伝来ないし蒐集した日蓮聖人遺文、本尊、経典、仏教書、仏具その他を記録した蔵書目録。
「祐師目録」ともいう。
正本中山法華経寺蔵。
昭和定本日蓮聖人遺文』第三巻所収。
富木日常の「常修院本尊聖教事」と共に、日蓮聖人滅後の鎌倉末期から南北朝時代にかけて、下総における日蓮聖人遺文の蒐集と格護を示す重要な目録。
日常は「常修院本尊聖教事」を作成し、その格護を厳命。
これは日高、日祐に受継がれたが、とりわけ日祐によって多くの遺文が蒐集されたことが、本目録によってうかがうことができる。
その内容は日常の「常修院本尊聖教事」記載の全部、中山第二代日高伝来の本妙寺の分、そして日祐自身の蒐集のものよりなる。
日祐は正中元年(一三二四)二七歳の聖教書写のため上洛したように、身延参詣、諸所往復の時は遺文の蒐集書写を行ったと考えられる。
従って日祐の蒐集した分は、日常・日高蒐集分に比較して一段と多く、目録内容も非常に増加している。
目録記載の構成は三五におよぶ箱の標目を掲げて目次とし、次いで法華・本妙両寺所蔵の本尊類を記録し、更に目次に掲げた箱の内容を出録し、以上記録した本尊・聖教等の疎開先をしたため、最後に中山の後継者へ返却すべき旨を記している。
従って、日祐の目録作成は日常のそれとは異なり、何等かの情により他へ分散疎開するための覚書としたものではないかとされている。
なお本目録の成立について疑義が出されたが、これは『日蓮宗宗学全書』所掲の目録が、正本の正確な形態を伝えていないことからの誤解であり、現在では本目録が日祐自筆にかかるものであることが確認されている。
鈴木一成『日蓮聖人遺文の文学的研究』、立正大学日蓮教学研究所『日蓮教団全史』上、『図説日蓮聖人と法華の至宝』三巻「典籍・古文書」、『日蓮辞典』「本尊聖教録」の項

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