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日蓮大聖人御伝記

にちれんだいしょうにんごでんき #2967

日蓮大聖人御伝記

にちれんだいしょうにんごでんき

江戸代の初期・延宝九年(一六八一)三月、京都の書肆「中村五兵衛開板」の絵入りの日蓮聖人伝記本。
日蓮聖人のご一生の歩み、ご生涯の事跡を豊富な絵を添えて(全挿図数八十八)つづったものでいわゆる祖師伝、絵入り御一代記である。和装版本全五冊・十一巻。章数二〇七。全丁三二二(六四四頁)の大冊。作者は在家篤信の人と知れるが実名はわからない。
本書は全十一巻で構成されているのだが、末巻の第十一巻は標題「日像聖人伝記」で、日蓮聖人の孫弟子である日像伝となっている。この巻はいわば別冊付録のように収載されているのであって、従って日蓮聖人伝は十巻までである。このような形態と構成であったから、本書は「十巻伝」の異称が付されている。しかし実際の聖人伝は九巻までであって、第十巻は巻十は「身延之巻」で、身延山久遠寺の霊場記、その参詣案内・参詣の勧めというのが内容である。十一巻と同様にその格は付録と言うべきである(別冊付録ともいうべき第十一巻日像伝の付加は、不明である本書の作者の出身地がおそらくは京都であろうとの推測を許すのではなかろうか。版行書肆「中村五兵衛」が京都(寺町二条下ル町)であったこともこの推測を補わせる)。
本書のさらなる異称に「字伝」がある。従前の伝記本(後に触れる日朝著『元祖化導記』や日澄著『日蓮聖人註画讚』など)はすべて漢文体であった。本書は和文体である。漢字・仮名まじり文の仮名書き本、つまり字・和字による書物であることからの名付が「字伝」である。
字伝」は、一般向け書物であることを意図する和文体伝記本であることを告げ、その真の嚆矢、その最初の出版物という誉れを有するのであった。これが両異称が持つ性格や位置であり、意味である。とまれ本書は後代続出する和文体伝記本の先駆であったから、後世における別称付与は他本との弁別のために必要なことであったろう。十巻伝と国字伝、二つの異称の名付者やこの名の文献上の初出は未調だが、かの日蓮聖人伝記研究の白眉、天明元年(一七八一)・弘化四年(一八四七)刊、日諦・日耆両師の『本化高祖年譜』・同『攷異』は両名称をあげてしきりに参看し多用多説している。また私見では本書に次ぐ位置に立つ大作と思う深見要言著『本化高祖紀年録』は頭注で十個所ほど「国字伝にいハく」「国字伝見るべし」などと記す。『御伝記』刊行諸本中の一本に「天保十四年本」(「天保十四年癸卯十一月 三都書林」刊記の天保本)がある。天保本の最大の特徴は、語注や解説を各頁の上段に「首書補註」として表記したことと挿絵に標題を附したことである(注記者「日元」・註記文中「元云ク」の表記諸所にある)。この「天保十四年本」は明治四十三年に池上本門寺から復刻活字本として刊行された。
本書はそもそも専門学術書、研究書ではない。しかし、一般庶民大衆を読者対象とした作物で、いわゆる通俗書であるが、平易を旨とした内容の伝記本としては最初の刊行物であったから、伝記本刊行史における本書の地位は当然のこと高いといえよう。通俗書としても、それとして価値があり、また良書とされているものの代表作に小川泰堂居士の『日蓮大士真実伝』がある。本書は変体仮名・仮名もくずし字で今の私たちにははなはだ読みにくいが庶民向け版本の多くはこの変体仮名で刊行されている。

【補記】 (小林正博「『日蓮大聖人御伝記』(延宝九年・一六八一年刊行)の考察」印度学仏教学研究第五十八巻第一号所載 平成二十一年十二月/第二論文・同「天保十四年本」について)(岡元錬城「延宝九年刊『日蓮大聖人御伝記』写本入手記」平成十一年十一月十一日稿了・同「修訂記」平成二十三年二月十六日 稿)(小林正博『日蓮大聖人御伝記』解読・解説版・平成二四年二月・USS出版)

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