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不染世間法如蓮華在水

ふぜんせけんぼうにょれんげざいすい #294

不染世間法如蓮華在水

ふぜんせけんぼうにょれんげざいすい

法華経従地涌出品第一五の偈文で「世の法に染まざること蓮華の水に在るが如し」と読む。
従地涌出品では娑婆世界の国土が震裂して、その中より四大菩薩を上首とする六万恒河沙の菩薩が涌出せられる。 しかし、これらの菩薩たちを法華経の会座にあった弥勒菩薩を始めとする迹化の菩薩は知ることのできないところであって、種々の疑問を抱くのである。 釈尊は、まずこれらの地涌の菩薩は自ら化されたものであると説かれる。 そして、釈尊自ら久遠実成を顕されるのが如来寿量品である。
ところで、この二句は弥勒菩薩が本化地涌の菩薩の聖徳を歎された文である。 地涌の菩薩はよく菩薩道を修め、貪欲等の煩悩を始めとする五濁の充満している中にあってしかも汚れず、それはあたかも蓮華が汚泥に在りながら、しかも汚れずに美しい華を咲かせるようなものだということ。 日蓮宗では日蓮聖人を本化上行菩薩の応化と仰いでいるが、聖人を称えるときにこの偈文を唱える。
また日蓮聖人の御名は、神力品の偈文「如日月光明」の「日」と、この「如蓮華在水」の「蓮」とをお取りになったものと伝えられている。
《『遺文辞典』教学篇「不染世間法如蓮華在水」の項》

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