上人号・聖人号
上人号・聖人号
しょうにんごう
「内に智徳有り、外に勝行有って、人の上に在るを上人と名づく」(『釈氏要覧』巻上)とあるように、本来は仏教の修行者に対する敬称の一種である。
わが国では清和天皇の貞観六年(八六四)に僧位を制定した時、その第三位に俗位では五位に準ずる法橋上人という位を設けたので、以後「上人」は官制上の呼称となった。
しかし、上人号は勅許によるものの外、民間の僧侶に対する敬称としても用いられており、その判別は困難である。
本宗でも公式に上人号を許されたのは、龍華像師が初めてであると言われる。
「しようにん」にはまた「聖人」という文字も使われる。
聖人という字面は儒書に由来するのであろうが、仏教用語としては悟れる人の意で、やがて広く高僧の敬称となった。
日蓮聖人は「三世を知るを聖人という」(『撰撰時抄』定一〇五三頁)といい、また「いまだ顕れざる後をしるを聖人と申す」(『法門可被申様之事』定四五五頁)という意味で自ら「日蓮は聖人の一分にあたれり」(同上)といい、弟子に対しても、「乗明聖人」(定一三〇〇頁)「日妙聖人」(定六四八頁)と称した例がある。
日興をはじめ宗門の先師も日蓮聖人に対しては聖人・大聖人などと称した例が多く、現在においてはほとんど「聖」の字に一定している。
しかし、その他の僧侶については、上人・聖人の語が共に用いられてきた。
その使用の基準などは時代や門流によって異なり、どちらが上位とも簡単には言いきれない。
檀林の化主となった人や聖跡寺院の住職となった人に聖人号を用いた時代もある。
そして現在でも上人と聖人とが混用されているのが実情である。
ただし官制による僧位としての「上人」号がなくなった今では『宗定日蓮宗法要式』(平成23年改訂再版 三九三-四頁)の区別に従うのが穏当であろうし、漸次その方向に向っているようである。
《『釈氏要覧』上巻「称謂」、『三代実録』八巻、『古事類苑』宗教部二九、高橋玄浄「聖人と上人」『日蓮宗宗報』新改四二号、『国史大辞典』七巻「上人」・一一巻「聖」の項》