妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日存(観妙院)

にちぞん #2556

日存(観妙院)

にちぞん

(ー一六七一)
観妙院と号す。
身延中興の三師の一人心性日遠(一五七二-一六四二)の法孫である。
飯高檀林に学んだのち、六条檀林主を務め、のち京都本満寺の二二世を継承した。
寛文六年(一六六六)養珠寺第四世として南陽侯に招かれ、同に六年在住し、寛文一一年一一月七日、唱題しつつ入寂した。
紀州那賀郡(和歌山県岩出市)西坂本の智光山誠證寺は、寛永年間(一六二四-四四)に養珠夫人が亡父誠證院と亡き母智光院の冥福を祈り建立したものであり、また同じく西坂本の蓮経寺は南陽侯が真言宗の旧寺を改宗し、養珠夫人の父の名蓮経をとって名づけた。
両寺とも日存を開山祖としている。
著書には天台宗に改宗した舜統真迢の『禁断日蓮義』一〇巻を破折した『金山抄』がある。
この中で真迢の非難に対して日存は、題目修行論において台と談論しながら、日蓮宗の特色を発揮しようとしている。
他に『指要抄科解』三巻などがある。
《『本化別頭仏祖統紀』、望月歓厚日蓮宗学説史』、『日本仏人名辞典』「日存」の項

← 事典トップ