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戒壇院

かいだんいん #2235

戒壇院

かいだんいん

僧侶に戒を授ける儀式を行うために設けられた壇を戒壇といい、その戒壇が設けられている建物をもいう。
日本では鑑真が来朝して、天平勝宝六年(七五四)東大寺の大仏殿前に築き、聖武皇・光明皇后が登壇した。
その後、平勝宝七年講堂・食堂・中門・三面僧房・四王堂・鐘楼・浄厨・庫司を造り、七大僧一二〇人を請して翌年落慶大供養を行ったのが戒壇院の最初である。
平宝字五年(七六一)には、下野(栃木県)の薬師寺・筑前(福岡県)の観世音寺に設けられ、東大寺のと合わせて下三戒壇と称された。
また比叡山に最澄が創唱した円戒を受けるための円頓戒壇が弘仁一三年(八二三)に許可され天長四年(八二七)に義真によって建立されて、本朝四箇の戒壇が成立した。
以後、三井に三摩耶戒壇が白河皇の宣旨を得てつくられ、また唐招提寺にもつくられた。
『塵添壒嚢鈔』『叡岳要記』『菅世系録』等に詳しい。
日蓮聖人におかれては『三大秘法禀承事』に「戒壇とは、王法仏法に冥し、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて、有徳王覚徳比丘の其の乃往末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。 を待つべきのみ。 法と申すは是也。 (略)延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処」と述べ、本門戒壇建立のあることに言及されることもある。
《『遺文辞典』歴史篇「戒壇院」の項、、『岩波仏教辞典』『図説仏教語大辞典』「戒壇院」の項、『国史大辞典』一〇巻「東大寺戒壇院」の項》

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