慧文
慧文
えもん
中国北斉(六世紀)の時代の人。
また慧聞とも記す。
郷党を詳にせず。
姓は高氏。
夙に円乗を稟けて天真独悟した。
嘗て『大智度論』を読み第二七巻に至り、恍然として一心三智の妙旨を証得し、また『中論』を読み四諦品に至って、頓に空仮中三諦の深旨を契悟し、のちこれを南岳慧思に授けた。
事蹟は明らかでないが、遠く龍樹を継承し、もって天台宗が興る基を聞いた。
年寿も没した処も不明である。
『摩訶止観』第一上に「南岳は慧文禅師に事う。
高斉の世に当り河淮に独歩す。
法門は世の知る所に非ず。
地を履み天を戴くに高厚を知ることなし。
文師の用心は一に釈論(『大智度論』)に依る。
論は是れ龍樹の説く所なり。
付法蔵中の第十三師なり。
智者の観心論に云わく龍樹師に帰命すと」と述べられている。
なお『大智度論』二七には「一心の中に一切智・道種智・一切種智を得て、一切の煩悩及び習を断ず」とあり、一心三観の説はもと大智度論のこの文より指示を得たものといえる。
《『天台九祖伝』、『本化別頭仏祖統紀』六・二三・三七・五三巻、『遺文辞典』歴史篇「慧文」の項》