妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

尾崎紅葉

おざきこうよう #1891

尾崎紅葉

おざきこうよう

(一八六七-一九〇三)
東京芝中門前町に生まれ、本名を尾崎徳太郎という。 明治代の小説
山田美妙、石橋思案らと「硯友社」を結成。 近代文学史のうえで初の同人雑誌といわれる『我楽多(がらくた)文庫』を出した。
『(二人比丘尼)色懺悔』で名をあげ、『伽羅枕』『二人女房』『三人妻』を書き『金色夜叉』を発表した。
言文一致の「である」調を創作したほか日本の古典、俳句にも親しみ、紀行文をも書き綴った。
『煙霞療養』には、佐渡に旅した折の紀行を記しており、日蓮聖人の足跡や順徳上皇行在所の旧跡を訪ねている。 「中興(なかおき)といふ村に本西蓮寺(東照山)を訪ひて、本尊たる日蓮上人真筆日本三枚継三幅一対の曼荼羅一軸を拝し、程近き藤津村に御井戸と云ふは、其水を硯に一念三千の妙用を籠め、六根清浄の筆を点じて、右の曼荼羅を書かれしと伝ふる者なれば、行って尋ね、又隣なる泉村に入りて、黒木御所(和泉御所)の旧蹟を訪づ」と書かれている。
また、松栄山実相寺の「日蓮袈裟懸の松」を見て、朽ち折れた根のとどまる傍に形見の若木が植えられていたと記し、「松は朽ちて御涼しさの遺る哉」と詠んでいる。
明治三六年(一九〇三)三七歳で没する。
赤坂円通寺の檀徒で、青山地に葬られる。法名は彩文院紅葉日崇居士(掃苔録)。
《『史大辞典』二巻「尾崎紅葉(徳太郎)」の項》

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