宗延寺(東京都杉並区)
宗延寺(東京都杉並区)
そうえんじ
東京都杉並区に所在。
もと身延山久遠寺末の触頭で山号は報新山と号す。
開山は三光院日精(天正一二年=一五八四寂)で開基は精修院日俒(慶長八年=一六〇三寂)である。
初め小田原城下に報新氏宗延なる人が日精によく帰依し庵を結び、後身延山一七世慈雲院日新によって宗延寺と改めた。
天下統一を計る関白秀吉が小田原を攻撃した折、日俒は祖師像をいだいて下谷に逃れ、天正一九年徳川家康入府の折、江戸浅草神吉町に境内地を賜わり当寺を移して建立したという(本化別頭仏祖統紀)。
徳川幕府は各宗を統治するために江戸に役寺を置かせた。
当寺も瑞輪寺・善立寺と共に身延より定められた江戸触頭の地位にあった。
当寺安置の聖人像は中老僧日法の作で、江戸十大祖師の一つで「読経の祖師」といわれる。
江戸下谷に在りし時の「境内古地図」には玄林坊・中正坊・玄珠坊・静心坊・吉祥坊等が寺中あった。
大正七年(一九一八)に現在の地に移転。
《『御府内備考』、宮崎英修『日蓮宗徒群像』》