増道損生
増道損生
ぞうどうそんしょう
道を増し生を損ずるの意。
即ち中道の智慧が増進するに随って、変易の生死を漸次に損減することをいう。
『法華玄義』序に「衆聖の権巧を開いて本地の幽微なるを顕はす。
故に増道損生して位大覚に隣る。
一期の化導、事理倶に円(まどか)なり」といい、『法華文句』巻十上に「今の本門の増道損生は皆円位に約して解釈す。(略)若し増道損生を論ぜば、光宅の因生の生を断ずるが如くならず、天親の果報の生を断ずるが如くならず。但だ智徳に約して増を論じ、断徳に約して損を論ず。法身に約して生を論じ、無明に約して滅を論ず。例せば大経の月喩の如く、初の一日より十五日に至るまでは光色漸く増し、十六日より三十日に至るまでは光色漸く減ず。一月の体に約して而も増減を論ず。法身に約して智断を論ずるを喩ふ」とある。
即ち増道損生とは、法華本門の利益をいう。
初住の位から妙覚仏果に至るまでの四十二位の間に、中道の智恵が明らかとなって行くのを増道といい、智恵によって無明が断ぜられ変易生死がなくなって行くのを損生という。
迹門の法華において声聞の人が成仏の記別を受けて菩薩と成り、本門の法華においては更に一切の菩薩が増道損生の益を得るのである。
《『遺文辞典』教学篇「増道損生」の項、『天台学辞典』「増道損生」の項》