境智冥合
境智冥合
きょうちみょうごう
境と智とが深く合一すること。
境とは所観の対境(認識の対象)、主観に対する客観の世界のこと。
真理を表す。
智とは境を観察する能観の智慧。
即ち認識する心作用。
主観の世界を示す。
この対象と認識、客観と主観、理性と智性との両面が完全に合致するのを境智冥合といい、宗教の極地とみられている。
日蓮聖人の『曽谷殿御返事』(定一二五三頁)には「仏になる道は豈に境智の二法にあらずや。
されば境と云ふは万法の体を云ひ、智と云ふは自体顕照の姿を云ふ也。
(略)此境智合しぬれば即身成仏する也」とあり、他教は境智各別の不成仏の教、法華経のみが境智一如する成仏の教であると述べている。
確かに仏教の教理からすれば、主体と客体、認識と対象の不二冥合は、そのめざす究極の世界といえるであろう。
更に聖人の遺文には見宝塔品の宝塔を説明して、「境智の二法也」(『阿仏房御書』定一一四四頁)の文がみえる。
この遺文には真偽論があるが、日蓮宗では古来から、多宝如来を境、釈迦仏を智と配当し、二仏並座の説相を、実相の境と妙法の智との一致冥合であると釈している。
身延山蔵の『本尊論資料』にはこの二仏の境智冥合論が盛んに説かれている。
《『遺文辞典』教学篇「境智冥合」の項、『岩波仏教辞典』「境智」の項》