円融無礙
円融無礙
えんゆうむげ
円満融通して障礙なきことをいう。
主として華厳宗・天台宗でとなえる。
『華厳五教章』第四に「法界縁起は乃ち自在無窮なり。
(略)円融自在にして、一即一切、一切即一、その相状を説くべからざるのみ」といい。
また『通路記』巻第二六には「円融の法門は、一切竝びにこれ法界が家の中、本自から具足し、相貌無尽なり、旧来成就し、法性常然なり。
己古来今常恒自在周遍無碍にして、本来所有の真実功徳なり。
これ新成に非ず。
これ改転にあらず、この故に法界が家の実徳と名づくるなり」と述べている。
華厳宗にあって円融無礙なる相状のきわまったところは、事々無礙といわれるが、種々の事柄が互いに関係しあっていて、決して単独であることはないということの意味である。
即ち種々の事柄、また存在しているものの総てが、互いに関係しあっているところを円融といい、その関わりあいに何らの障碍のないところを無碍という。
天台宗においては、三諦円融によってこれをあらわす。
しかし、そのことをもつとも具体的に示したのは『摩訶止観』巻五にとかれた一念三千説である。
これは一念すなわち一と、三千すなわち一切との関わりあいを示したもので、その理はいまいう華厳の場合と同義である。