順正院夫人
順正院夫人
じゅんしょういんふじん
(一六二二-八三)
江戸時代初期の人、三代将軍徳川家光の寵愛をうけた。
甲府綱重の生母。
夏の方という。
日蓮宗の篤信者。
父は藤枝氏。
亡父菩提のため法華経読誦に努め母に孝養を尽した。
のち京都立本寺・霊鷲院日審の説法を聞いて帰依し、有髪のまま弟子となった。
これ以降、一心に法華経の題目を唱え、更に無始の罪障を消滅させるため身延山に参詣する願を抱いたが、天和三年(一六八三)七月二九日病をえて六三歳で没した。
死の直前「多年身延山参詣の願を持っていたが、この願いを果すことができなかったことだけが心残り、私が死んだら生前の姿のまま諸堂を巡拝するようにしてほしい。
また私に代って焼香の上百日間逗留して説法を聴聞し受戒し唱題読誦したのち葬送の儀式をしてほしい」と侍女に遺言したという。
浅草幸龍寺に葬られた。
《『本化別頭仏祖統紀』、宮崎英修「甲府宰相綱重の母」『続・日蓮宗の人びと』》