農地法と戦後の寺院
農地法と戦後の寺院
のうちほうとせんごのじいん
広義の農地法は農地の所有・利用関係を規律する法の総称であるが、ここでいう農地法は、戦後の農地解放を農地改革の根幹として定められた昭和二七年(一九五二)七月一五日公布(法律第二二九号)の現行農地法をいう。
農地法の要点は、(1)農地がその耕作者自らによって所有されるのを最も適当だとする自作農主義の根本目的に立ち、(2)農地の権利移動や転用を制限する規定がかなめとされている。
「土地制度の無血革命」といわれた農地解放の根本法である自作農創設特別措置法(昭和二一年一〇月二一日法律四三号)の実施により「法人その他の団体でその営む耕作の業務が適正でないものの所有する自作地」または「法人その他の団体の所有する小作地」で「都道府県農地委員会又は市町村農地委員会が命令の定めるところにより、自作農の創設上政府において買収することを相当と認めたものは、政府がこれを買収する」ことになった。
当時、寺院はすべて宗教法人であったから、右の「法人」に含まれるか、たとえ非法人であっても「その他の団体」に該当するため、所有する農地は開放の対象にならざるを得なかった。
しかし寺有地で僧侶自身が耕作している自作地は一定の範囲まではなお残し得る余地があった。
それが昭和二二年一一月二六日知事あて発せられた農林次官通達「社寺教会等宗教団体所有の農地の買収に関する条件」によりこの農地改革はいよいよ徹底する。
要するにすべて政府に買収されることになる。
農地は寺を離れて国の所有に帰し、一たん国のものになった農地は、僧侶に売り渡したり、耕作権を認めたり、寺に賃貸したりすることはあっても、再び法人である寺の所有に帰るようなことはまずなくなった。
初めは寺の特殊性を考慮して一般の他の世俗団体とは別な取扱いをしたが、後には同じ取扱いとなり、一切の特権は認められなくなった。
この農地法の施行により、寺院の維持経営のため寄進された農地も政府の手を経る経ないにかかわらず当時の耕作者の所有に帰した。
そのため檀家の甲の先祖が寺のために寄進した農地が、たまたま耕作していた乙の所有になったり、特定または檀家大部分の浄財により求め得た寺の農地という財源が、そのうちの一人の所有に帰したりする矛盾や混乱の生じたことも事実である。
それよりも、そのために経済基盤を失った農村寺院住職は、なんらかの転換(兼職等)を余儀なくされ、布教力の弱体化を招来し、ひいては新興宗教発生増大の因ともなった。