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護法会布教

ごほうかいふきょう #4837

護法会布教

ごほうかいふきょう

護法基金を集めるため全的に展開した布教をいう。
護法会は「布教は本宗の宗意安心を祖述し、四海帰妙の祖訓を貫徹するをもって目的とす」という布教の根本方針の遂行のため、宗門基金財団として、明治四四年(一九一一)七月二八日、第四臨時宗会で目標額五〇万円を決定し発足した。
初代会長・旭日苗、長・佐野前励のもとに、全国に支部制度を設け、全寺院に志納額を割りあて徴収した。 納金情況を宗報に発表し、未納者のなかで特に成績の悪い寺院住職に対しては、名指して召換するという、かなり厳しいものであった。 これをみても基金達成にかける宗門の意気込みがうかがえよう。
二代会長・小泉日慈、三代・藤原日迦を経て、四代会長・喜多村日修に至って目標額を達成。 設立以来七年目の大正六年であった。
この基金達成のため、区ごとに布教伝道が展開されたが、これを護法会布教と称したのである。
布教形態は巡廻布教師二〇名、常任布教師一七七名が、全国二〇教区において、各寺院を会場に布教は日割を定めて実施。 その模様は遂一布教日誌で中央に報告された。
布教の効果は篤信者による特納が多々あり如実に現れている。
基金の使途は、その果実をもって宗門学及び布教伝道の資とし、毎年二万五〇〇〇円前後が寄付行為という形で、宗門の経常予算の中に組入れられ、昭和になって第二次世界大戦が始まるまで続いた。
ちなみに大正七年(一九一八)における予算書から、基金の使途配分をみると、
 文書布教費 七〇〇円、
 特派布教費 五〇〇円、
 巡廻布教習費 四〇〇〇円、
 布教補助費 二〇〇〇円、
 地方習会補助費 五〇〇円、
 開布教費 五〇〇円、
 布教院費 一〇〇〇円、
 布教予備費 一二五〇円、
 聖典翻訳準備費 五〇〇円、
 未刊行宗典編纂費 一八〇〇円、
 研究院補助費 一五〇〇円、
 宗費生補助費 一五〇〇円、
 育経常費 八五〇円、
 慈奨励金 一五〇〇円、
 宗報発行費一四〇〇円、
 務費 一〇〇〇円。
となっている。
この合計額は宗門総予算の約三分の一に当たり、大正から昭和の初めにかけて、財団が線拡張・宗門興隆に果した役割は大であり、結宗以来の成果をあげ得たのも、護法会布教の緻密な展開が功を奏したといってよい。

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