諸人御返事(二八〇)
諸人御返事(二八〇)
しょにんごへんじ
一篇、日蓮聖人著。
弘安元年(一二七八)三月二一日述作。
五七歳。
身延から弟子檀越に宛た書状。
真蹟三紙は平賀本土寺に現存(重要文化財)。
弘安元年の春ごろ鎌倉では、幕府が日蓮聖人と真言・禅宗等の諸師とを公場対決させようとしているとの風聞があった。
そこで鎌倉にあった門下から身延の聖人にその旨が急報された。
それに対して返事の書状をしたためたのが本書である。
聖人はもし諸宗との対決が行われるならば、法華経が日本国中に広まり「日蓮一生の間の祈請並に所願忽ちに成就せしむるか」と宿願達成の期待を述べ、その結果は「真言禅宗等の謗法の諸人等を召し合せ、是非を決せしめば、日本国一同に日蓮が弟子檀那とならん、我弟子等の出家は主上上皇の師となり、在家は左右の臣下に列ならん。
将た又一閻浮提皆此法門を仰がん。
幸甚々々」と述べて法運隆昌を予想している。
聖人の諸宗との公場対決は『立正安国論』上奏以来の宿願であった。
身延入山後の建治元年一二月の『強仁状御返事』(定一一二二頁)にも私の問答を拒否し公場対決を要求し、翌年の『清澄寺大衆中』(定一一三二頁)には「真言師蜂起之故に」真言関係の章疏借覧を依頼している。
こうした過程を経ての事件であったから、前の悦びの言となったのである。
僅か三紙の短篇であるが、行間に聖人の自信と気魄が満ち溢れている。
《『遺文辞典』歴史篇「諸人御返事」の項、『日蓮辞典』「諸人御返事」の項》