妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

観心ずり

かんじんずり #4738

観心ずり

かんじんずり

観心を重視する立場のこと。 その学が観心に傾斜しているさま。
台教学では教相門と観心門の二門を立て、その両者は相資、あるいは不離のものと考えている。 つまり教相門とは仏教の理論面をいい、観心門とは、その論を主体的に受けとめる実践面をいう。
しかし、この両者の関係は歴史的な変遷を見るのであって、日本の平安末期より本覚思想に影響を受けた天台教学は、とくに中古天台と呼称され、教相門を軽視し、凡夫の恣意的な解釈に基づく受容が見られるようになった。
この中古天台の特質は、従来の研究によると、観心主義、口伝主義的な学風であって、秘口伝によることから種々な分流が見られることである。
その学においては、四重興廃に代表されるように、昔・迹・本・観を立てて、観心が勝れ、教相を劣るものと位置づけるのである。 そして、その成仏の世界は、理即の凡夫観心に立脚し、その凡夫身がそのまま理本覚無作三身なることを自覚することである。 つまり凡夫の我々はありのまま本来成仏の覚体であると談じるのである。
日蓮宗の教学においても、教相と観心は不離のものであることは論を俟たないが、しかし教相門よりも、凡夫の観心を重視することによって、無作三身を論じ、成仏を志向する学者もあった。 これを「観心ずり」と評した。
「ずり」とは「ずわり」(坐り)の略語であろうか。 その場合には観心を立場とする、あるいは観心の座に落ちついているという意である。
また「ずり」とは、「ずりを掛ける」ということの略語とも考えられ、その場合には両方を見定めて都合の良い方を取ろうとする意味で、教相よりも観心を取るということになろう。

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