経石
経石
きょうせき
粒の揃った平らな小石の面に多数の人達で法華経の文を墨書又は朱書して土中に埋め、塔を建て或は塚を築いて像・塔を建立し心願成就を祈り亡霊を供養すること。
写経行の一つで、一字一石・多字一石の別がある。
伝説に拠れば、日蓮聖人は富士の山嶺に法華経を埋蔵して国家の安泰と正法弘布を祈願した(経が嶽)。
また鵜飼の亡霊済度のため石和(いさわ)川に経石を沈めた。
石和遠妙寺の洪鐘の銘に「石和鵜飼遠妙寺ハ宗祖曽テ石経ヲ寫シ漁父ノ幽苦ヲ抜クノ地ナリ。
彼ノ漁人ハ謂ユル平ノ大納言時忠卿ナリ霊牌今尚ホ存ス(中略)漁父一タビ逝テ魂泥犁ニ堕ツ、維レ石河ニ在リ菩薩慈有リ石経ノ力彼ガ鞭笞ヲ兔ル霊蹟千年水の湄(ほとり)ニ在リ霊鐘千載永ク仁祠ヲ鎮ム(略)」(身延山三一世、日脱原漢文)とある。
謡曲「鵜飼」、浄瑠璃「日蓮上人御法海」(みのりのうみ)、『黙阿弥作「鵜飼石御法川船」(うかいいしみのりのかわぶね)、歌舞伎鶴屋南北作「法懸松成田利剣」(けさかけまつなりたのりけん)』=等には、「小石に書きし題目もこれぞ末世の鵜飼石」とあり『柳多留』にも「罪は消へ文字は消へぬ鵜飼石。
」と詠まれている。
又身延山八六世藤井日静は昭和二九年冨士経ケ嶽の霊蹟を復興顕彰し、常唱殿を建立すると共に、日蓮聖人の銅像を造顕し経石を埋めて萬霊塔を建てた。
島田勝存は伊勢間(あい)の山(やま)常妙寺に誓願碑を建立し各寺各山も塔像建立の際は経石(或は経巻)を埋蔵することを例とする。
《小川泰堂『日蓮大士真実傳』、『高祖累歳緑』、『日蓮上人一代図會』、『身延日静上人』、『国史大辞典』四巻「経石」の項》