妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

五人所破抄

ごにんしょはしょう #420

五人所破抄

ごにんしょはしょう

一巻。
『宗全』二巻所収。
日代筆の正本が北山本門寺に所蔵されている。
本書は白蓮阿闍梨日興の作に仮托されているが、西山本門寺の実上の開山である蔵人阿闍梨日代の作である。
『宗全』二巻八六頁の本抄末尾には「嘉暦三戊辰年七月草案 日順」とあるが、八七頁に〔編者云〕として註されているように、この一行は墨色筆記ともに日代の直筆ではなく、後人が加筆したこと明らかである。 あるいは日順が草案を製作したものかとも推察され、なお富士門流内においても『家中抄』では『五人所破抄』を草案とし、『門徒存知事』を完本といい、最近の所説では逆に『門徒存知事』を『五人所破抄』の草案とする説(『大白蓮華』)などがあって、その成立については幾多の疑念が見られる。
要するに日興門流がいわゆる鎌倉方の五人を批判した比較的初期の書物である。 五人とは六老僧中の日興を除く昭・朗・向・頂・持の五師で、本抄の中には持師の説は出ていないが五人の歩調は同一であったものと思われる。
本抄は日興の身延離山にかかわるものであって、五一相対学の相違を異義をあげ五人を破折したものであり、その要点は
(1)鎌倉方五人の天台沙門と称することに対する違見。
(2)祖文を漢文に改むべしとする倭字漢字の違見。
(3)四菩薩造不の違見。
(4)善神捨国の違見。
(5)題目行か一部五種行かについての違見。
(6)行用不の違見。
(7)身延山参否の違見。
(8)方便品の読不読の違見。
について論難している。但し鎌倉五人の方では何の対立意識も表明しておらず、果してこのような非難に値する主張があったか否かについては、疑問とされている。 このような考え方は富士方の一方的な見解であろう。
《宮崎英修『不受不施派の源流と展開』、望月歓厚『日蓮宗学説史』、執行海秀『日蓮宗教学史』、『日興門流上代典』「五人所破」の項

← 事典トップ