法華律
法華律
ほっけりつ
草山元政(一六二三-六八)が厳守し、門下の子弟のために定めた戒律。
世に法華律(本化律・草山律)とよんでいる。
江戸時代も爛熟期になると本化別頭を称揚する日蓮門徒の僧風のなかにも頽廃の甚しきものが見られるようになった。
即ち、そこに仏道を名利渡世の業とし、あるいは呪詛調伏の祈祷を家業とするが如きものも出たことへの批判があらわれた。
この日蓮宗の僧道の弛緩を憂い、法華信仰に立脚する戒律を興し、自ら実践した清浄な僧のなかに草山元政がいた。
東では同広日中が渓舌律因を建て、西では中正日護・本覚日英が鳴滝に隠れて法華三昧の生活に入っていた。
元政は深草に瑞光寺を創き、彼に従う求道者によって形成された結社に修行の軌範を定め、草山での日常生活に仏道成就のための規律を設けたのである。
この法華経による戒行規律を法華律と後に称えている。
その理念は『草山要路』にまとめられ、具体的な律儀は弟子日燈の『草山清規』に著されている。
要路・清規ともに『草山拾遺』上巻(本満寺発行)所収。