本門仏立宗
本門仏立宗
ほんもんぶつりゅうしゅう
慶林坊日隆を門祖、日扇(長松清風)を開導とする法華宗(本門流―八品派)系の教団で、本山は京都市上京区の宥清寺である。
江戸末期八品派内が皆成・久遠両成仏論で争った時、本能寺日肇の教化を受けた清風は、妙蓮寺日耀について出家し、その後還俗して華洛八品講を起し後に本門仏立講と改称する。
明治一五年(一八八二)八品派内で皆久論争の和融が成立した後も久遠成仏論を展開し、読誦謗法・現証利益など独得の教風と教学の祖述をもって講勢の拡大と講制の確立をはかる。
明治二三年清風寂後もその弟子らによって旧本門法華宗(八品派)内に抜き難い勢力を扶植し、大正八年(一九一九)本門仏立講財団がつくられ、昭和九年(一九三四)本門法華宗仏立教会条例により仏立講特別教区制が実施されるなど順次に講有(代表者)の自治を認めさせ、旧本門法華宗と化法・化儀及び宗制の面で全く異質観を呈していた。
昭和二二年宗教法人法により本門仏立宗と認証され、その独自な弘通方法により現在三〇〇近い寺院教会を擁し、ブラジル等に教線を伸張する。
《『国史大辞典』一二巻「本門仏立講」の項、西山茂『近現代の法華運動と在家教団』(春秋社『シリーズ日蓮』四)》