八品講
八品講
はっぽんこう
江戸幕府の末期、日蓮門下僧侶の弘通意欲の減退は在家仏教徒の活躍の場に転じた。
その中で日隆の八品派の舜龍院日蒼が還俗し後藤龍斉と称し、安政年間(一八五四-五九)に江戸に本門八品講を組織してから、各地に八品講による弘通が展開された。
日然による浪華八品講、松平頼該による高松八品講、長松清風による華洛八品講、吉野隆石による沼津八品講、岡本新兵衛による上州八品講、永吉敬助による両備八品講、井上太郎兵衛による亀岡八品講など数百にのぼる。
すべて日隆の本門八品上行所伝南無妙法蓮華経を唱え、自他の謗法をいましめ、日隆の信心法度を実践し強い信仰に生きようとする連帯意識を持つ信者集団である。
今日もその系譜は現存し、教団に発展したのは本門仏立宗である。