久保田日亀
久保田日亀
くぼたにちき
(一八四一-一九一一)
字は戒静。
号は妙地院。
日蓮宗第一五代管長。
駿河国有渡郡三保(静岡市清水区三保)生れ。
一〇歳の時、村松海長寺・日忍のもとで得度したのち、身延山西谷および飯高檀林に学ぶ。
やがて新居日薩、吉川日鑑の推挙により村雲門跡や一条家に進講、二三歳で三保妙福寺の住職となる。
明治元年(一八六八)には池上南谷檀林に入り、上総石神宗学校教師、芝二本榎大教院助教、愛知中教院教師などを歴任。明治一二年に市川真間弘法寺の住職となり翌年には中山法華経寺一一四世となった。
明治三二年、五九歳で池上本門寺六八世として晋山し、同三六年、六三歳の時に管長となった。
新居日薩門下の中心的存在で日蓮宗における教育の充実に尽力し、芝二本榎の大檀林を管長就任期の同三七年四月に大崎の地に移し日蓮宗大檀林の基礎を固め、日蓮宗大学林から立正大学に至る教育面の拡充に対する道を開拓した。