日道(法雲院)
日道(法雲院)
にちどう
(一五五二-一六〇一)
身延山一九世、諱は日道、法雲院と号す。
慈雲日新の門に投じ教蔵日生の学統を稟く。
天正七年(一五七九)教蔵日生が下総飯塚「飯塚講肆」(要行日統の開講)を下総飯高に移して「飯高談所」とするや、日道はその聴講徒となる。
慶長元年(一五九六)蓮成日尊が「飯高檀林」と改称して初代講主となるや、日道はその補佐を務める。
慶長三年蓮成日尊が池上一三世に晋むにおいて、日道は嘱をうけて飯高第二の化主となり、天台三大部及び小部を講じた。
しかるに慶長四年法兄妙雲日賢が遷化して祖山空席となる。
仍ち同年七月五日身延一九世の獅子座に晋む。
これを飯高より祖山晋山の嚆矢とする。
在位三年、慶長六年一二月一二日寂す。寿五〇歳。
《六牙日潮『本化別頭仏祖統紀』、『身延山史』、『日本仏教人名辞典』「日道」の項》